Project Story2008

STORY2
株式上場支援
- 平成12年入所
- 吉川 秀嗣
- 平成14年入所
- 大神 匤
- 上場まで何年かかるのかすら見えてこない。
- それは平成12年2月のこと。
当時、公認会計士が不在であった福岡事務所に、1人の男が入所した。その男の名は、吉川秀嗣。現・三優監査法人福岡事務所の所長である。 大手監査法人に6年間勤めてきた経験と、組織の中で感じてきた『大手』という名の違和感。その2つを昇華し、より良い組織作りへの期待が吉川の双肩に掛 かっていた。そんな吉川を待っていたかのように、トラストパーク株式会社から、監査のための予備調査の依頼が舞い込んだ。
- トラストパーク株式会社は、駐車場の管理・運営を行っている企業。
活動地域は福岡を中心とした九州・山口地区のほか、東京、横浜、大阪、神戸、名古屋、札幌など、全国で約300ヶ所にものぼる。コインパーキングの運営を主力とした他社とは異なり、全管理駐車場のうち有人駐車場が全体の約5割を占めている。また、駐車場専用のPOSシステムを開発し、カード会員を多く募ることにより収益の拡大を図るという、独自の手法を採っている。
- “上場まで何年かかるのかすら見えてこない。”
それが第一印象であった。経営を立て直す必要があったのだ。様々な面から分析し、会社の現状を経営者に厳しく指摘をし、協議して結論は『株式上場監査契約の見送り』。それは、トラストパークの経営者に向けた、厳しくも温かなエールでもあった。
- 入所数ヶ月で現場に立つ。
- それから2年後の平成14年、吉川の想いが通じたのか、トラストパークから1通の連絡が来た。 「体制が整った」と。 偶然と言うべきか、それとも必然の縁と言うべきか、吉川の大手監査法人時代の後輩である大神匡が、「上司から与えられるだけでなく、自分自身で考え、行動 したい」との志から福岡事務所に入所したのも、丁度この時期。トラストパークの行った2年間の努力に大神の熱い思いが組合わさったとき、上場という目標を 達成できるのではないか。そう踏んだ吉川は、早速大神を現場へと送った。
- 確かにトラストパークは、この2年間痛みを恐れず努力をしてきたのであろう。それは確かな数字となって現れていた。しかし、それでもプロの公認会計士の目 から見ると、まだまだ改善すべき点が多く残されていた。なにせ、300箇所の駐車場、それも有人・無人両方のシステムが混在しており、金銭の流れを把握し ようにも、リアルタイムに変動しているのだ。 金銭の流れを把握している人物を探すことすら困難な状態から、株式上場準備をスタートさせねばならない。いや、スタートラインを探さなければならない。そ れが、大神に与えられた初めの仕事だった。
- 経営者の考えと従業員を繋ぐ架け橋となる。
- では、どうすれば上場できるのだろうか。 大神が持ち帰った現場の情報を吉川が分析・判断し、経営者に監査上の問題点の指摘と改善の要求をした結果、経営者の下した決断は、『大手術を行う』こと だった。足かせとなる事業はばっさりと切り捨て、企業としての純度を高めていく。企業や経営者にとっては、痛みの伴う大改革であっただろう。けれども、経 営者の公認会計士に対する姿勢のおかげで、『大手術』はスムーズに進行していった。
- 「経営者は私達の意見を素直に受け入れ、経営の問題点を学習し、パワフルなカリスマ性で会社を牽引していました。そういった経営者の意識の高さのおかげで、私達も良い刺激を受けることができました。もし、経営者が隠蔽体質だった場合、刹那的には問題を乗り切れても、最終的な目的、つまり上場は不可能になっていたのではないでしょうか。経営にとって、透明性は美徳である、というのを改めて感じましたね」大神は多少羨望の混じった目でそう語る。
- しかし、いくら経営者が高い目的意識を持って行動していても、従業員が同じ意識を持って動けなければ意味がない。『大手術』の疲れからか、企業側の人間から「本当に上場できるのだろうか」と懐疑的な意見を挙げられたこともある。今は公認会計士と経営者だけでなく、従業員一丸となって走り抜かなければならない大事な時期だ。疑心暗鬼に捕われ行動が鈍くなってしまうことは絶対に避けなければならない。では、どうすれば経営者と従業員の間にある、目的意識の溝を埋めることができるのだろうか。大神が出した答えは『自分が経営者と従業員を繋ぐ架け橋となる』ことだった。
- 濃密なコミュニケーションから始めよう。
- 大神はまず、公認会計士と一番立場の近い、経理の人間との溝を埋めることから始めた。 とはいえ、1日2日で簡単に埋まるはずもない。一日千秋の思いで、時間の許す限り現場に足を運んだ。事務的な会話だけでなく、時には冗談を言い合ったりし ながらも、仲間意識とはまた少し違う『同じ目的へと向う連帯感』を徐々に築き上げていったのだ。
- その当時を振り返り、大神はこう語る。 「本当に上場出来るのだろうか、という懐疑的な意見は、最後の最後までありました。しかし、それはある意味で当たり前のことだと思うことにしたんです。懐 疑的な意見は、時に肯定的な意見よりも核心を突くことがあります。懐疑的な意見を“慎重な意見”と受け止めるよう、自分の中でも意識改革を行ったんです ね。そうすると、今まで持っていた『架け橋になろう』という気持ちから来る行動にも、変化が生まれました。経営者の意識に染めるのではなく、経営者の行 動、今回で言うなら何故上場をするのだろう、ということを理解してもらおう。その考えに至ったとき、公認会計士という仕事の魅力をまたひとつ発見した気分 でした」
- 懐疑的な意見を挙げていた人物とも濃密なコミュニケーションにより、“懐疑的な意識を生む慎重な意見”まで聞く事ができるようになった。そういった方々から、質問されることもあった。
「本当に上場できるのか」と。
- 上場が出来る、出来ないかはわからない。しかし、努力を続けなければ間違いなく上場はできない。だから、目標に向かって日々努力を続けることしかないんだ。
そういった吉川や大神の想い、そして仕事に対する細やかな姿勢に企業は信頼を置き、2度行った大手術の痛みにも耐えた。
残る敵は、時間だけとなった。
- 期間としては4年間という標準的な準備期間があったものの、最終的にはキックオフから申請予定日までの期間は約3ヶ月という、実にシビアなスケジュールとなってしまった。その点から生じる、新たな懐疑的意見。
対応。
対応に対するアンチテーゼ。
また対応。
企業側も、そして吉川と大神も疲れを感じ始めた。
- 『固定資産の減損に係る会計基準』の導入。
- 転機となったのは、『固定資産の減損に係る会計基準』の導入による、減損会計の適用だった。この減損会計の適用を契機として、不採算部門の洗い出しと整理及び不要資産の処分を行い多額の損失を計上したが、以後の収益力は格段に高まった。これまで暗中模索で進めてきた株式上場準備の監査に、明確なゴールが見えた。もう疲れなどと言ってはいられない。あとは上場というゴールに向かってラストスパートをするだけだ。
- しかし、ここに来て運悪く、ライブドアや村上ファンドが引き起こした、会計監査への不信の波に巻き込まれてしまった。
今までのやり方では、審査を通すことが難しい。技術的なことだけでなく、会計士としての意識にも大きな変化を求められたのだ。
タイトな上場スケジュールのせいもあり、取引所や証券審査部の考えも厳しいものへと変化して行ったが、「いける!」という勢いと、大神の「経営者と従業員の架け橋となる」想いが歯車のように噛み合い、力強い流れを作り出すことができた。
- 会計不信を払拭するきっかけとなるのではないか。
- 企業と会計士が力を尽くし共に励まし合った結果、平成18年11月7日、株式上場本申請承認。 株式会社トラストパークは、上場を果たしたのだ。
- 「確かにシビアなスケジュールでしたが、そのおかげで何物にも変え難い、貴重な経験を積むことができました。この経験を濃く積み重ねることができる、それが三優で働くことの魅力です。大手の監査法人よりも、より現場に近い位置にいることができる。公認会計士としての血が濃くなっていくのを、毎日肌で感じています」と晴れやかな表情で当時を振り返る大神の言葉に、吉川が続く。「公認会計士として最も大事なのは、知的好奇心である、と考えています。大神の資質である知的好奇心への貪欲さと、“架け橋となる会計士を目指す“という想いは、現在の会計不信を払拭するきっかけとなるのではないでしょうか」
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